広島地方裁判所 昭和39年(ワ)765号 判決 1966年10月27日
原告 西川義之
右訴訟代理人弁護士 原田香留夫
阿左美信義
被告 広島県
右代表者広島県知事 永野厳雄
右訴訟代理人弁護士 好並健司
主文
被告は、原告に対し金四万一、四六八円及びこれに対する昭和三九年一一月一二日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払わねばならない。
原告その余の請求は、これを棄却する。
訴訟費用は、これを五分し、その四を被告、その一を原告の負担とする。
事実
第一(原告の申立)
原告訴訟代理人は
(一) 被告は、原告に対し金一一万八、三四五円およびこれに対する昭和三九年一一月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払。
(二) 訴訟費用は被告負担。
の判決ならびに仮執行の宣言を求めた。
≪以下事実省略≫
理由
訴外桑田勇造、岩上治の両名は、被告県の警察本部勤務の警察官(階級はいずれも巡査)であって、右両名が昭和三九年五月四日午後九時二〇分ごろパトロール、カー(県警一号車)に乗用して広島市内を警備中、同市大手町白神社(前)交叉点東南隅の緑地帯付近にさしかかった際、同所において他の警察官が少年を補導していたこと及び原告が右警察官から注意を受けていたことは、当事者間に争いがない。
当日原告が勤務先の株式会社新中央タクシー(代表者宮本来)の同僚運転手一〇数名(非番のもの)と花見酒をのみ、更に二軒ばかりの飲食店でビール等を飲んだのでかなり酔っていたがひとり歩いて家路についている途中、右のように三名の少年が交通規則違反のことで二名の警察官に補導されているのに遭遇し好奇心から傍観していたこと、原告のそのときの態度にはやや不真面目な面があったので、右警察官から「邪魔になるから立ちのくように」要求されていたこと、丁度そのようなところへ前記桑田、岩上両巡査のパトロール、カー(岩上巡査が運転し、桑田巡査が助手席にいたもので、右車は普通の乗用車の型である)が応援のために停車してきたことは、≪証拠省略≫を綜合して認めるに十分である。
右証拠のほか、≪証拠省略≫を参酌すると、当夜原告は自ら白神社(前)交叉点付近からハイヤーをやとって午後一〇時過ぎ帰宅し、同じアパートに住む知人の警察官(巡査部長)舛原安久のもとに立ち寄り、県警一号車の警察官から乱暴された事実を訴えており、勤務会社の宿直係員にも身体故障のため翌日の勤務を休むと届けていること、やがて広島市基町一番地岡本外科医院で応急手当を受けており、診断の結果によれば、原告は、右顔面・前胸部・上腹部・左大腿部(内側)等に打撲傷、右前腕部擦過創の傷害を受けていたこと並びに右傷害の程度は加療五日間を要する程度のものであり、ほかに、着用のシャツ、ズボンが破れていたが、ズボンのベルトが切れていたことが明らかに認められるところ、右傷害が原告の計画的な自傷行為に基づくものと疑うに足る情況も証拠も存しない。
原告は、前記桑田、岩上両巡査の暴行に因ると主張するので審究する。
前掲証拠のほか、≪証拠省略≫を綜合すると、桑田、岩上両巡査は、車からおりて前記警察官と同様、こもごも原告に対し現場から立ち退くよう要求したところ、原告は前記飲酒のため粗暴となり反撥的態度をとり、右両巡査も感情的になり原告を刺戟するような応答をし、やがて前記補導中の警察官や少年はそこから立ち去ったが、原告と両巡査とは口論をするに至り、原告は両巡査のパトロール、カーの発進を妨げる姿勢をとるに至った。そこで両巡査は原告を「でい酔者」として取り扱うと称して強制的にパトロール、カーに乗せようとし、いやがる原告ともみ合う状況になり、実力で後部座席に引きずり込み、桑田巡査が運転席について車を発進させたところ、数分後に前記白神社(前)交叉点付近(N、H、K、広島放送局前)で原告を下車させた。そこで原告は、前述のように間もなくハイヤーで帰宅したものである。したがって、他に特別の事情も認められないので、パトロール、カーに原告を実力で、乗用させた際並びに右車内座席等において原告の身体に加えられた両巡査の有形力の行使(さらに、原告の運動も加わったであろうが)によって原告は、前記傷害を負うに至ったものと帰結せざるを得ない。
原告は、右パトロール、カーで約五キロ西南方の南観音町(甲第九号証、検証の結果中原告の指示参照)方面まで連行されてそこでも暴行されたと主張するが、右に副う≪証拠省略≫はにわかに採用し難く、他に適確な証拠はないので、右場所における暴行の事実は肯定し難い。また、原告に対し積極的に暴行を加えたことはないとする証人桑田勇造、岩上治の供述部分も、前掲各部位の傷害及び服装等の被害状況、右両名が格別受傷していないこと等諸般の状況に照らし採用し難く、原告が両巡査からの被害につき告訴したところ、検察官が嫌疑不十分の理由により不起訴処分に付したことは証拠上明らかであるが、そのことをもって前記認定に消長を及ぼす事情とはいえない。
さらに、桑田、岩上両巡査は自らの措置につき、原告を「でい酔者」として保護すべく、パトロール、カーに乗車させ、収容すべき西警察署に向い行動中、二、三分の後原告に悔悟、反省の情がみえ、自らハイヤーで帰宅するといったので保護の必要は消失したと判断し、間もなく下車(釈放)を認めたと弁解するところ、当時の原告の状況が公衆に迷惑をかける等、「でい酔」の程度にあったかも疑わしく、警察官としての両名に対してのみ、反撥的となって行動する原告の言語、態度に挑発されて興奮し、有形力を用いたものと推認すべき疑いが強く、右両名が公務執行中にとるべき措置としては、行き過ぎである(過失行為)に止らず、私憤の情にかられ、ことさらにしたものといわざるをえず、その結果、原告に前記被害が発生しているのであり、右両巡査が警乗中のパトロール、カーの付近及び車内で生起した事故であることもいうを俟たないので、被告は、国家賠償法に則り、右の者らの所為につき原告の被害を賠償すべき義務があると断ずべきである。
原告の蒙った損害につき検討するに、≪証拠省略≫を綜合すると次のとおり認められる。
(一) 初診料、診断書作成費用として左記医院に金一〇〇円を下らない金額を原告が支払ったこと。
(二) 前出の岡本外科医院(五日間)、広島市吉島本町二丁目四七三番地折口医院(四日間)への通院用に原告がハイヤーを利用し、前記勤務会社に合計金一、〇五〇円を当時支払ったこと。
(三) 昭和三九年五月五日の乗務から同月九日(一〇日)の乗務まで三回の欠勤により金一〇、三一八円(平均賃金四四、七一一円に、一月の一三乗務数を分母とし三乗務数を乗じてえた金額)の賃金収入を喪ったこと。(健康保険法第四五条の傷病手当金を原告が支給されたことにつき、格別の主張、立証がないのでこれを参酌しない。)
なお、原告は、五乗務分の賃金喪失を主張するところ、右の三乗務分を超えて、なお休業を要すべき程度の傷病であったか否か極めて疑わしく、その点の確証がないので、その余の請求部分は採用しない。
(四) 慰藉料の額について検討するに、上来説示の諸般の事情を綜合して考察すると、桑田、岩上両巡査の所為は、原告の不謹慎な挑発に誘因があるとはいえ、その有する社会的な職責、使命にかんがみ、その責任軽からず、本件事故が新聞等に報道され、これを契機に、広島法務局長から被告県警察本部長に対し人権擁護上の見地から注意の勧告がされ、同本部長から管下の警察署長に「でい酔者」保護に関し指導監督の通達がされている等諸般の事情を斟酌し、原告に対する慰藉料としては金三万円をもって相当とすべく、それを超える部分の請求は理由がない。
以上のとおり、被告は原告に対し(一)(二)(三)(四)の合計四一、四六八円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日(昭和三九年一一月一二日)から支払ずみまで年五分の割合の遅延損害金を支払う義務があるものというべく、その余の部分は失当として棄却を免れない。
よって訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、第九二条本文を適用し、仮執行の宣言の申立は不相当としてこれを棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判官 熊佐義里)